佐々木鐵心

1942年 静岡県に誕生 (本名克直)

1960年 郷土の画人 榛葉淡南に師事

1968年 師没後、渡辺崋山、谷文晁、                             与謝無村、曾我爾白、青木木米、

          池大雅、浦上玉堂、円山応挙、

          俵屋宗達、等の先人の筆法を学ぶ

1972年 東洋水墨美術協会設立

1992年 文部大臣賞受賞

1999年 外務大臣賞受賞

2002年 内閣総理大臣賞受賞

2008年 6月逝去 享年65  協会名誉会長

 

画系

渡辺崋山→福田半香→木村半雨(西照寺住職)→榛葉淡南(遠州地方の画人)→佐々木鐵心

 

遠州の南画より
遠州の南画より

榛葉淡南

1890年(明治23年)~1971年(昭和46年)  明治~昭和の画家

掛川(西山口村成滝)に生まれる。本名貫次

西照寺(金谷)の木村半雨に学ぶ

画業だけでなく青年教育に心血を注いだ。

前田靄齋とは親戚になる。

山水・富士を得意とした。                   

掛川市二の丸美術館 郷土の文人画より

木村半雨

榛原郡金谷町(島田市)の人。弘化元年(1844年)に生まれる。

名は龍湫、半雨と号し、金谷西照寺月塘の子である。童名は梅丸。別に海堂、半雨堂、鉄棒、七十五灘生等の別号がある。半香に学ぶ。

明治43年7月28日68歳で没した。

遠州画人伝より

福田半香

文化元年(1804)~元治元年(1864)

静岡県磐田市見付(旧遠州見付)に生まれ、名を佶、字を吉人、通称を恭三郎といい、初号を盤湖といった。

半香は10才の頃村松以弘に絵の基礎と写生の習慣を学んだ。21才のとき江戸に出て勾田台領について山水を習うが1年で帰郷、

30才で渡辺崋山に師事し江戸麹町に住んだ。40才の頃崋山が入牢、続いて田原に蟄居すると師の災厄を助ける為奔走したが、却って師を自害に追い込んだ。そのことが半香を絵に打ち込ませ、明清画人の絵を基本から学び独自の画境を得た。

崋山十哲の一人である。

掛川市二の丸美術館 郷土の画人展より