水墨画の道具

水墨画を描く筆は画筆とよばれ、書の筆と区別されています。どのような筆でも描けないことはありませんが、やはり目的にあった筆のほうが描きやすく、いい線質や濃淡の変化をつけることができます。一般に画筆として削用・面相・隈取・付立などいろいろな筆があります。

水墨画では付立の太筆(太さが約1.5センチ、穂丈4.8センチくらい)と、小筆(太さ4~6ミリ、穂丈2センチ前後)の削用筆がそれぞれ1本ずつあれば基本練習にまにあいます。

色紙などの小品を描くときは中筆(太さ6ミリで穂丈3センチくらい)があればよいでしょう。

 付立筆は豊や水のふくみがよく腰の強さも要求されるので芯にかたい毛質を用いて、まわりに軟毛をほどこした兼毫筆が使われていますが、規定がないので腰の強さも一定ではありません。どちらかというと、初心者向けには墨や水のふくみよりも、腰の強さを優先した兼毫筆のほうがよいでしょう。この付立筆で側筆による太い線から削筆による細い線までの運筆を習得します。まず1本の筆を自在にあやつるようになることが基本の訓練となります。写生による作画は用筆法を習得してからがよいと思いします。

 小筆は少ない墨瀋(硯ですりあがった墨の液)を使うときに用います。筆の先端の太さは小筆も太筆も同じですから、細い線を描くのに小筆という考え方は修正してください。太い付立筆を使うと墨瀋を余分にふくみすぎてむだになります。小筆は葉脈とか花芯・竹の節などに使われるので、兼毫筆でなく、より腰の強い狼毫(いたち)筆が最適です。

 筆は使用前後の手入れが悪げと寿命を短くします。乾いているときに穂先をもんだり曲げたり、場合により紙面を空描きすると、芯部の硬毛が折れて筆が痩せて腰も弱くなります。特に古くなると黒鉛・膠分が毛の中にしみ込んで折れやすくなっています。使用する直前でなく10分ほど前に水につけておき、決して墨瀋をいきなりつけないよう注意してください。使用後は水中で筆の根元を指で軽くもみ洗いして墨気を流し出しておき、筆ふきで水気をぬぐつておく。また平常は通風のよいところに穂先を下にして吊しておくのがよいでしょう。穂元を止めてある筆管の中の膠分の腐敗が防げます。

また禿筆もおもしろい線質が出るので捨てないようにしましょう。

 

 


墨は中国製の唐墨、日本製の和墨とあり、また、それぞれに松煙墨と油煙墨とがあります。油煙墨は桐油・莱油の煤からつくられていて、墨色は茶色系統になります。松煙墨は松の煤からつくられて淡墨のときに青味をおびた墨色を呈します。古墨は松の良脂からつくられていたので墨色の基準が松煙墨の色となります。しかし近年、良質の松煙墨は入手しがたく、不純物の混入が多いようです。和墨では松煙墨にかわって油煙墨の中に染料を混入した青墨もありますが、青みの強いものは感心できません。最終的には、墨色は透明感のある澄んだ墨色が出せればよく、各人の好みの問題と思います。

 墨の保管・取扱いについて、

①湿気の少ないところに保管すること。

②直射日光に当てないこと。

③高温のところに置かないこと。

④磨墨後は練習した用紙で水分を押すように吸い取っておくこと。

以上のことが大事です。


 いい硯とは、墨の粒子を速く細かく下墨(げぼく)することができ、下墨後の墨藩の保水がよいということです。愛蔵家の方は色とか模様とかいいますが、実用硯は先の三点がそろえばよいでしょう。大きさは書道関係の硯と違って少量の濃墨をうすめて使うために、一般的に手の平くらいの大きさで厚みも1.5センチ~2センチくらいの硯がいいでしょう。形状は海のない皿状のものが最高です。なぜなら一度下墨したあらい粒子を摺り鉢と摺りこぎの原理でさらに細かくすることができて、墨瀋では引き締まった黒となり、淡墨では透明感が出ます。

 材質では中国硯で歙州(きゅうじゅう)硯・端渓(たんけい)硯・澄泥(ちょうでい)硯等が代表的です。日本の硯では雨畑(あまはた)・龍渓(りゅうけい)・玄昌(げんしょう)硯等があります。

石質がかたく鋒鋩(ほうぼう)のないつるつるした硯は下墨に長時間かかり、磨墨するというよりも、膠分が軟化して引きちぎるようになるので、かえってあらい粒子となってよくありません。もちろん鋒鋩のあらすぎるのも困りますが、前記の石質くらいなら練習には国産でも十分です。ただ

し、最近の松煙墨は不純物が混入しているようなので、端渓硯のようなやわらかい石は硯面に傷をつけないよう気をつけてください。松煙墨はかたい陶硯も適しています。もし硯面に傷がついたときは、120番・240番・400番くらいの水性のエメリーペーパーで順に研磨すればよいで

しょう。

 


 いい紙とは運筆の変化を忠実にあらわし、すぐれた墨色を出し、それなりの強度があるということです。また、掛軸にするには薄手の紙のほうが都合がよいようです。

 まず運筆としては筆圧が強く、ゆっくりのときはにじみが広がり、速く軽く運筆すればかすれます。このときに感度の強い紙ほど、にじみが速く広がります。このような紙は繊維も細いものが使用されています。また、強度を出すには長い繊維のものがよいわけで、両方かねそなえた繊維はどうしても高価になります。このために、二層紙は短い繊維で強度を出すために二度漉いたものですからよい墨色は出ますが、紙が厚くなるのが難点です。

 また、障子紙のようなあらい繊維質はにじみもあらく、墨色も出ません。これはせっかく硯で細かい粒子をつくっても紙の表面に残さずに中に吸い込み、紙面にあらい粒子が残るためと思われます。

 紙は運筆の技量に応じて順ににじみの強い紙にするのがよいでしょう。初心者は運筆に速さ・軽さがないので紙に筆をとられて練習にはなりません。安価でにじみの少ない紙で多くの線を描いて運筆を体得してから少しずついい紙にかえていくことがよいと思います。一流の画家がいい紙だといっても初心者は使いこなせるものではありません。紙を選ぶことは大切なことです。

 また、にじみのない洋紙、鳥の子、明馨水を引いたドウサ引きといった紙も使われますが、これは、たらし込みという特殊な画法には効果的ですが、初心者の基礎練習には不向きです。

 紙の保管にあたって、直射日光は紙を黄色に変色させ、湿気はカビ・虫食いの原因となるため注意してください。

また、漉いてから1年以上枯らしたほうが、よいにじみが出ます。

 


試皿

試皿は白色の12~15センチくらいの大きさのものが2枚あればよいでしょう。画材店で日本画用として販売しています。自宅にある皿を利用するときは緑が立っていること、白いこと、糸じりが大きいこと、表面がなめらかなこと(筆の毛を痛める)に留意してください。

 試皿は使う前に筆ふきで水気・ゴミ等をふき取っておき、使用後は墨を洗い流しておきます。描いているときに、試皿の中で乾いた墨瀋を筆で掃除しながら使う人がおりますが、一度凝固した墨瀋は、膠分が粒子を結合させて粗粒となっているので絶対にやらないでください。

白い面がなくなったら次の二枚目と交換するか洗い直してください。

 


下敷

下敷は毛氈か2ミリほどの厚めのフェルト・ラシャ生地を使います。布の色は微妙な濃淡を判断するために白色がよいでしょう。大きさは畳1枚分くらいが理想的です。毛布のように毛足が長いと、紙面に筆圧を加えたときに紙が破れるのでよくありません。保管するときに折りたたむと凸凹になるので巻くようにしてください。また、平常使用する面は一定面を決めておき、水引き・ぼかしの時に他の面を使用するとよいでしょう。

 


筆ふき

水をよく吸う洗いざらしの布(手ぬぐい・布きん等)がよく、使う前に少し水で湿しておくと水をよく吸い取ってくれます。この綿布で皿・筆・硯等もふきます。汚れたら水でもみ洗いし、破れてししまうまで使ってください。

タオルは不向きです。

 


筆洗い

 筆洗も水が2,3合入るもので安定性のあるものなら陶器でもポリ容器でもよいでしょう。鉄性の錆が浮くようなものはさけてください。終わってから試皿・硯を入れて洗いにいくために15センチくらいの径の容器が便利です。


文鎮

 文鎮は筆を動かすときに紙が動かないように使います。四個必要です。角があると紙を破ることもあり、場合によつて、湿った紙面を押えるときもあるので材質・形状に留意してください。偏平な石などの利用もよいでしょう。


筆巻

筆を持ち運ぶときに穂先を痛めないように使います。

市販の適当な大きさのものを準備すればよいでしょう。

 


筆置

作画中、墨をふくんだ筆を安定して一定の場所に置くために筆置きも必要です。