鐵心雑感

鐵心の言葉

わたしが水墨画をはじめた理由

 私ははじめから水墨画が大好きで絵を習い出したのではない。多少、他の人と変わったところがあったようで、18歳の時に、ひょんなことから当時、地元に有名な南画家の榛葉淡南先生がいることを知り訪ねた。別に真剣に絵を学びたいという気持ちではなく本当に何気なく、ただ「ぶらっ」と行ったという感じである。私は学生の頃から絵が得意というわけではなく、写生に行けば画用紙の下方5分の1ぐらいのところに山から家から田んぼを描き、残りの5分の4は空を描き、雲をちょこちょこと描いて、よしとしていた。そうすると速く仕上げて後は遊べるからである。そんな要領の良さだけが、取り得であった。それが神様の悪戯か夢遊病者のように南画家の先生の所へ行ってしまったのだ。また、行った日というのは台風の来る前日で、雨こそ降ってはいなかったが風が吹き荒れていた日である。後で先生が話すには「こんな天候の日にわざわざ訪ねてくるとは余程、熱心な若者に違いない」と思ったそうだ。家にあげてもらい世間話から絵の話などをしているうちに、「年を経たらこんなじいさんになれたらいいなぁ」と思うようになった。それには先生と同じことをやるのが一番だ、六十年続ければなんとかなるだろうと思って、はじめた次第である。私の場合、絵は目的ではなく、手段として、先生のようになるには必要、欠くべからざる習い事として受け止めた。それでもその場では先生も自分も絵を教える、絵を習いたいということにはふれなくて、先生が「毎月、日曜日に2回教えている」と言われただけで終わった。次の日曜日から出かけていくと、六、七十歳くらいのじいさんばかりで十八歳の私は場違いな感じがあった。私は皆さんの練習風景を見ていて、「あぁ、こんな具合に習うのか、私もはやく描きたいな」と思いつつ半年も経た頃、先生が「どうだね、習う気になったかねと言われた。私も「もう、教えてもらっているものと思っていました」と言うと、やっと初めてお手本を描いてくれた。はじめのお手本は蘭であった。今でもよく覚えている。次の練習日までに二百枚ぐらい描いて持っていくと、先生があきれて「君、こんなに多く持って来ても見られないから今度から三枚ほど持って来ればよい」とアドバイスしてくれたのを覚えている。先生は七十五歳であった。それからも七年問、南画の先生のところで画の道に励んだが、基本が四君子で水墨の線を練習した。

 先生について七年、四君子、山水、花類の基本を一通り教えてもらったところで先生が亡くなられてしまった。その間、先生に教えていただいたことは、今の自分の水墨画の技法の3分の1程度、人生の勉強の100%を学んだつもりだ。

 本来、私は百姓の出なので、物事をコツコツやるのが性に合っていて、水墨画に向いているのかも知れないが、水墨画にもいろいろな考え方がある。私の水墨画を始めた動機・考え方などが参考になったらと思っている。

 


人生の目標

 人生の目標とは老年に夢を持つことである。夢は楽しいことでないと途中でいやになってしまうからこの夢がかなえられるとこんな良いことがあると自分に言い聞かせて目先の苦悩を頑張ってゆく。

 砂浜で遠方の一点を(木片等)見ながら歩くと真直ぐに歩けるが、打ち寄せる波を、目先のことを見ながら歩くと曲がってしまう。人生長くはない。目標のある人生は無駄が少ないが、ないと目先のことにとらわれて無駄が多くなる。

 目標を早く見つけて若い時から心がけることは高い山に登るのと、あるいは自転車に乗って峠越えするのと同じで、毎日ゆっくりあせらずに途中の景色をながめつつ知らずに高いところに来てしまう。一度目標を達成してその喜びを味わうと今度は毎日一歩一歩の努力が苦にならずいつも達成の喜びが頭にあるのでより高い所に行ける。しかし年老いてから気が付くと登る傾斜がきつくなるので富士山をかけ足で登るようなもので、途中でダウンしてしまう。我々凡人は毎日の一歩を大切にしかも若い時に気づくしかない。

 人生の目標に水墨画を選んだ。すぐに頂上に到達するような山では他人もすぐ登ってしまう。目標は世界で一番高い山におく。自分一人では登れないかもしれない。エベレストのように仲間を組んでやらなければだめかもしれない。まだ五十年掛けて登ってみる気持ち。ずいぶん高いところに登れるだろうな。どんな景色が見られるか今から楽しみ。

 


基礎・手本写・臨書

 よく書道でも臨書と言うのをやる。洋画で言えばデッサンかもしれない。水墨画で言ったら四君子による手本写と同じことだと思う。繰り返し練習して自分の手が頭の中で思ったように動くように、また水加減、紙の感じをつかんでいく。手本をいくら真似ても仕方ないということも、ある程度を越せば言えるがやはり初期は正確に真似る技も必要と考える。なぜならば、自分の芸域が進み何かの時に頭の中に良いイメージが浮かんだとする。その頭の中に浮かんだイメージを紙面に現わす時に表現する技が未熟であると、折角素晴らしいイメージも表現する能力がないからよい作品が生まれにくい。

もっとも、この逆のこともある。よく絵で言えばペンキ屋の絵、職人の絵と言うものである。これはどのようなことかと言うと、技は抜群に優れているが、良いイメージを浮かべる修行していないためいつも同じ調子のものしか描けなくなる。逆に精神面で技の少ないのが禅画と思う。禅画は真似るべきものでなく、心で描くものであり、禅画の描き方などと言う本が出ているけども少しおかしい。

 結論的に言えば精神的修養が一つであるが、手が自動に動くようになるまで基礎練習をやり、自分がばかばかしいと思うほどやれば子供が親から自然に離れるようにやらなくてもよくなる。

 基礎練習をやらないうちからばかばかしいと思う人がいる。初めはよいが必ず器用、アイデアだけでは伸び悩むときがくる。回り道とは思うが三十年経てば必ず追い付き追い越すと信ずる。


価値について

 物には価値がある。その価値はその時々によって多少変化するが、①役に立つこと、②数の少ないこと、③美しいこと、の三つの組合せによるものと思う。

 

 まず役立つことでは、同じ鉄10tでもそのままとブルドーザーとでは、そのままより役立つ方が価値があり、同じ型でも性能の良い方が価値がある。

 次に数の少ないことでは、自動車など性能の点について言えば古いものなど問題ではないが、数が少なく珍しいので高価となる。老人も140~150歳になると非常に大切にしてくれるし天皇陛下も一人だからいいのである。

 美しいことの価値は衣料関係のデザインなどはっきりしていると思う。体温調整の目的がより美しく見せようということで流行を作り、流行の時は高価だけれど時が過ぎると価値は低下する。美しい、美しくないは人の主観によって少し異なるときもある。

 

 水墨画はどうであろうか、その中に見る人に生き方、思想に感銘をいだかせたら、また洋画より世界的に見て数の少ないこと、また表現の方法によっては美しくもなる。(決してきらびやかではないが)しかし何と言っても役に立たなければ何もならない。最小限の材料で創意工夫する喜びを得られること、色を使って他人にこびることなくまじりのない表現で本物をつかむことが水墨を通して得られれば最高と思う。単に美術鑑賞でなく精神的鑑賞になり得れば幸と思う。